地域特異的な遺伝子資源の保存と再生に関する研究

北海道大学北方生物圏フィールド科学センター七飯淡水実験所 山羽 悦郎


 生物の体を構成する細胞は、母親と父親に由来する設計図をそれぞれ一組ずつ2組持っています。このため、二倍体と呼ばれています。ほとんどの生物には二倍体しか見つかりません。しかし、自然界にはこの設計図を2組持っている集団に加え、3組も4組もそれ以上も持っている生物がおり、これらの生物集団を倍数体と呼びます。
 我が国の淡水域に広く分布するフナやドジョウの中には、普通の二倍体に加え、この倍数体が含まれています。これらの倍数体の個体は、通常雌です。その卵は、雄の精子が受精してもその遺伝子が子供に伝わらない「雌性生殖」という繁殖様式で殖えています。そのため子供はすべて雌で、遺伝子はその母親と変わらないだけでなく、姉妹の間でも差がありません。
 このような、倍数体がどのように生まれてきたかは、実はまだよくわかっていません。恐らくそれぞれの地域に棲んでいる二倍体の集団になんらかの変化が起こって、倍数体が生まれてきたと考えられます。どうやって生まれてきたかを調べるためには、二倍体も倍数体も棲んでいて、しかも人間の手が加わっていない自然の状態で残されている場所が必要になります。
 厚岸町にある床潭沼は、赤いフナ、ヒブナが棲んでいることから、昭和47年に天然記念物に指定された場所です。そのため、人間が魚をとったり、放したりすることができません。また、周囲から新しい魚が入ってくることも考えにくい閉鎖された場所です。このような場所が、倍数体がどのようにできてきたかを明らかにするためにふさわしい場所なのです。
 平成12年度は、この床潭沼に棲んでいるフナに、他の場所で見つかるような倍数体がいるかどうかを調べました。すると、床潭沼のフナには二倍体が56.3%(36個体)、三倍体が31.3%(20個体)、四倍体が9.4%(6個体)いることがわかりました。また三倍体は、遺伝子が共通(クローンと言います)の2組の姉妹の集団で、四倍体はみんな姉妹だったのです。床潭沼ではドジョウも採れたので、この倍数体も調べましたところ、一尾だけ見つかりました。
 平成13年度は、床潭沼フナを採集しもう一度集団構造を調べたところ、二倍体が26%(13尾)、三倍体66.0%(32 尾)、四倍体6.O%(3尾)見つかりました。また、三倍体には、平成12年度と同じクローンが2組、四倍体も昨年と同じクローンでした。採れた魚の大きさはまちまちでした。このことは、床潭沼で倍数体のフナが共存して増えていることを示していると考えられます。
 昨年採集した四倍体のフナを飼育し、それから卵を採ったところ、子供達はみんな四倍体でした。このことは、母親の設計図がそのまま子供に伝わる「雌性生殖」で増えていることを示しています。だから、見つかった四倍体のフナは皆、クローンになってしまうのです。
 では床潭沼のフナは、日本全体のフナと比べた時、どんなつながりが有るのでしょうか。それを調べるには、細胞の中のミトコンドリアという小さな器官の中にある設計図を比較します。この設計図は、母親からしか伝わらないので魚の親戚関係がわかるのです。すると、面白いことに、床潭沼の三倍体のフナのひとつのクローンは、東京の皇居(天皇さまが住んでいる所)のお濠(ほり)にいるフナと親戚だったのです。もうひとつ、今年床潭沼で採集されたヒブナや二倍体のフナは、キンギョと親戚関係にあることがわかったのです。床潭沼の二倍体がヒブナを産んだのか、キンギョに近いフナが床潭沼に入ったかのかは分かりません。これからキンギョの生まれた中国を含め、広い範囲でフナを調査することで分かるかも知れません。
 ちなみに、床潭沼のドジョウは、女満別町のドジョウと親戚でした。

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