別寒辺牛湿原の高層湿原域における高山賊相反び昆虫相の解明Ⅱ

釧路昆虫同好会 中谷 正彦


 北海道東部の釧路から根室半島にかけての太平洋沿岸には、全国的にもよくその名が知られている釧路湿原、霧多布湿原などのような大規模な湿原のほかにも、名もない大小様々な湿原が数多く点在し、道東はまさに湿原の一大宝庫となっている。また、湿原はその発達段階に応じて、低層湿原、中層湿原、高層湿原の大きく三つに分けられているが、気候が寒冷な道東ではミズゴケ丘塊(ブルト)の発達した高層湿原が、湿原の生態遷移における最も安定した極相として知られている。釧路湿原の赤沼周辺、霧多布湿原の水切沼周辺は高層湿原となっている。さらに、根室半島などにも数多くの高層湿原が点在し、ミズゴケ丘塊の上層には、ガンコウラン、コケモモ、ツルコケモモ、ヒメシャクナゲ、イソツツジ、ホロムイツツジなど数多くの高山性・亜寒帯性植物が繁茂している。
 そして、最近の筆者等の研究により、氷河期の遺存種(レリック)として知られ、大雪山などの高山帯だけに生息すると考えられていた「高山蛾」と呼ばれるグループの一部が、これら北海道東部の高層湿原に局限されて生息し、特異な生態系を形成していることが解明されつつある。なお、「高山蛾」とは「わが国における一般的概念で、高山帯で最も繁栄し、亜高山帯に下るに従って繁栄度が乏しくなる種を総称する。」と定義されている。日本の高山蛾の多くの種は、国外ではスカンジナビア半島、シベリア、アムール、カムチャツカ、アラスカなど北半球の高緯度地域に広く分布し、そこでは森林限界以下の平地や低山地にも生息していることが知られているが、分布の南限にあたる日本では、高山だけに生息する高山蛾として知られていた。しかし、最近になってこの定説を覆すように、北海道東部及び北部の低地に形成された高層湿原で、高山蛾の一部が次々と発見されている。
 釧路湿原、霧多布湿原及び根室半島の高層湿原などでは、筆者等によりすでに高山蛾を含む昆虫類の調査は実施済みであったが、別寒辺牛湿原の高層湿原では未実施であった。平成12年度の筆者等の調査により、別寒辺牛湿原の高層湿原からも、数種の高山蛾の生息を確認したが、さらに当該地域で継続して調査を実施し、北海道東部の高層湿原における高山賊相の解明を図ることを目的とする。また、高山蛾以外の昆虫類についても合わせて調査を実施し、別寒辺牛湿原の昆虫相の解明を図ることを研究の目的とした。

戻る