アオサギの繁殖活動が陸上生物多様性に及ぼす影響

北海道大学大学院水産科学研究所 堀 正和


 厚岸町のシンボルである厚岸湖には、毎年数多くの水鳥が餌を求めて飛来します。その多くは渡り鳥で季節的にねぐら・餌場として利用するだけですが、いくつかの鳥は厚岸湖周辺で繁殖もしています。その中で体も大きく、最も数が多いのがアオサギです。初春から盛夏にかけて彼らが厚岸湖で餌を漁る姿を頻繁に観察できます。実はこのアオサギ、厚岸湖から周辺の山林へ海の栄養分を運んでいるのです。アオサギは湖内で魚類・甲殻類を採餌し、巣のある山林へ持ち帰り雛に与えます。この給餌活動によって、海の生産物である魚やエビはアオサギのフンや死骸に姿を変え、山林に降り注ぎます。そしてそれらが陸上の植物や動物に利用されているようなのです。つまりアオサギは厚岸湖から周囲の山林へ、そして周囲の山林から厚岸湖へ流れる栄養循環の一端を担っていると言えます。それではアオサギはいったい、どのくらいの量の海の栄養分を陸上へ運ぶのでしょうか?そしてこの海の栄養分は陸上の生物にどのような影響を与えているのでしょうか?
 そこでこの研究ではアオサギの繁殖コロニーがある厚岸町アイカップ岬において、アオサギが山林に落とすフンや死骸の量と、それらが林床の植物と昆虫に及ぼす影響にノついて調査を行いました。アオサギの繁殖期は3月〜8月いっぱいで、巣の数は約230程、一巣あたり約2〜3羽の雛が育っていました。そして、彼らが繁殖期間中に樹上の巣から林床に落とすフンや死骸の量は伴せて約12トン程もありました。このアオサギのフンの供給を受けて、林床植物の種数と量は著しく減少しました。アオサギのフンは植物の栄養塩として働くよりもむしろ植物の葉や茎に直接付着することによって悪い影響が生じ、枯死させてしまったようです。その一方で、昆虫は種数、量共に大きく増加しました。特にフンや死骸を餌にしている甲虫類の増加が著しく、サギがフンを落としていない場所の2〜3倍ほどの増加が確認できました。
 これらの結果から、アオサギは海の栄養分を厚岸湖周辺の山林へ供給することによって(1)植物の種多様性を減少させ、(2)昆虫の種多様性を増加させていることがわかります。植物に対しては多様性を減少させてしまったので悪影響を与えているように見えますが、栄養循環の面から考えた場合にはむしろ良い影響であるとも言えます。なぜならアオサギが植物を大量に枯らして栄養分に変えることによって、その分厚岸湖へ流れる陸上の栄養分を増加させているとも解釈できるからです。今後は生物調査と化学物質の調査を並行して行い、栄養循環と生物量の関係に果たすアオサギの役割を調べていく必要があります。
 このように、海の栄養分を陸上へ運ぶ輸送車としてのアオサギの一面が少しずつわかってきました。来年以降も調査を継続し、アオサギを含め水鳥が厚岸湖及び周辺の山林における生物多様性と栄養循環に果たす役割をより詳細に明らかにしていきたいと考えています。豊富な水鳥は豊富な水産資源・健全な湖水環境を裏付ける重要な指標です。本州のある湖では、水鳥が湖の富栄養化を防ぐ役割をしていることが報告されています。従って、厚岸湖生態系に果たす水鳥の役割を明らかにしていくことは、豊かな厚岸湖を維持していくために必要であると考えられます。

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