水生植物の換気機能および土壊からの窒素ガス放出速度に関する比較生態学的研究

 水生大型植物(水草)が生育している場所はちょうど陸城と水界の境にあたりますが,ここは植物にとって重要な光と水,それに栄養塩類が豊富なことが多く,光合成生産の活発な場所です.しかし同時に,水辺の土壌は酸素が欠乏しやすく,植物の根や地下茎にとってはストレスの強い非常に厳しい環境でもあります.そのために植物は酸素が欠乏しがちな地下部に新鮮な空気を送る機構を備え,この厳しい環境に対応しています.その例として「換気機能」があります.

 水草の葉や茎の中には空気が通りやすいように大きな空隙がよくみられます.葉が大気と接している植物のなかで,ヨシやスイレンなどの葉(正しくはヨシでは葉鞘,スイレンでは葉身)の内部の空気と大気との温度差や水蒸気圧差などが原因となって,葉内に大気との圧力差が生じます.この加圧ポンプのようなはたらきによって,大気→新しい葉→地下茎→古い葉や枯死した茎→大気という経路での空気の流れがおきます.これを換気と呼ぴます(英語ではconvective gas throuhflow,または簡単にconvectionと表現します.対流,または圧力差によるマスフローと言った方が良いかもしれません).換気によって,送られた酸素は,植物の地下部の呼吸に使われるばかりではなく,根の周りに染み出しています.このように根のまわりのごく薄い土壊の層を酸化的にすることで,有害物質の蓄積からも守られていると言われています.さらに,漏れ出した酸素は土壊微生物にも影響を与えます.つまり,酸化的土壌層での硝化作用が活発になり,その生産物を利用してそのさらにまわりの還元的土壌層で活発に脱窒がおこなわれることになります.そこでできた窒素ガスは気抱となって水中経由,または水草の通気組織経由で大気に逃げていきます.また,メタンなどの温室効果ガスも同じ経路で大気に逃げていきます.このように,湿原生態系の物質循環において植物の換気は非常に量要な要素です.そこで私たちは,水烏観察館付近の湿原のヨシ群落を調査地に選ぴ,ヨシの換気速度およぴ土壊からのガス放出速度,それにこれらのガスの組成を測定しました.

 昼中のヨシの(葉鞘の)加圧力は250Paほどになり,さかんに換気をしていました.一方,夜間にはほとんど加圧は起こりませんでした.なお,コンダクタンス(空気の通りやすさ)は昼と夜とでほとんど変化しませんでした.ヨシ群落土地面積1Fあたりの土壊からのガス放出速度を朝に測定したところ,ヨシのシュート経由(つまり換気)が5.06,水中経由で0.021空気毎時でした.このようにヨシが土壌−大気間のガス交換に重要な役割を占めていることが明らかになりました.大気中から植物体に向かうガスには酸素が多く含まれ,逆方向の流れのガスには窒素やメタンや二酸化炭素などが多く含まれていました.窒素ガスの収支をとると,植物経由で単位土地面積1Fあたり71,水中経由で27mg窒素ガス毎時が土壊から大気に放出された計算になります.このように水生植物の換気は,植物ばかりではなく土壊生態系にとっても,ガスを循環させるポンプのような働きをしていると考えられます.

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